12 月 25

あなたは既に幸せのまっただ中にいます。
その事を頭で理解できなくても良いから、今は証拠として目の前に見えていないかもしれないその幸せを、ただ感じてみてください。

目に見えていないその幸せを少しでも感じられたら、今後その機会を少しずつ増やしていって。
意識の比重を目の前にあるものではなく、徐々にそちらへと移していくのです。

あなたがその機会をたくさん持ち、意識の比重がそちらに移る度合いに従って、あなたの目の前のものが変わっていきます。
あなたは目の前のものに直接取り組んでいるわけではないのに、なぜか目の前のものが変わっていきます。

あなたの体験が変わっていくのです。原因は「そこ」にあったことが徐々に腑に落ちていきます。
腑に落ちてきたら、「それ」を一番大事にしていってください。目の前の経験ではなく、「それ」を最も大切なものとして扱ってください。

それこそが神の祝福です。それはもう既に与えられているのです。
あなたがそこに目を向ければ、それは目の前の現実として現れてきます。

それは全ての人に平等に、既に惜しみなく与えられているのです。
既にあるにも関わらず、あなたが「ある」と信じていないことによって、その経験は遮られています。

だから、まず「ある」という前提でそれを感じてみてください。
実際にもそれはあるのです。あなたが苦労して今から作り上げるようなものではないのです。

繰り返しますが、それは既に与えられています。
感じてみてください。

メリークリスマス!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

written by 108

12 月 05

2009年も師走に突入しました。
いかがお過ごしでしょうか。

ブログのデザインも、季節に合わせてちょっとイメチェンしてみました。気に入っていただけたでしょうか?

というわけで、今日は108から少し気の早いクリスマスプレゼントです。
と言っても「ザ・チケット2」の発売告知ではありません(笑)。
皆さんが居ながらにして、たった今、この場で祝福される奇跡のメソッドをご紹介します。

…やっぱりクリスマスに公開すべきだったかな〜(爆)。

まあ、私のことだからクリスマスに来られるかどうか分からないし(超爆)少し早めの方が良いでしょう。今公開しちゃいます。

それは一日限定で行うメソッド、題して「一日メソッド」です。

内容は「今日一日は、何があっても一切自分を責めない」というものです。

自分を責めることにどれほど正当な理由があるように思えても、それを採用しない。無視する。

誰かに「ごめんなさい」と言わなきゃならない場合でも、その時に自分を責めない。
「こんにちは」と挨拶する感覚で「ごめんなさい」「すみません」と言う。

しまった!部屋の電気を消し忘れたまま出勤してきてしまった!」という場合でも、その事について自分を叱らない。
私は部屋の電気をつけたまま出勤している」と単なる事実として確認するに留め、その事について自分の行為を責めない。

電車でシルバーシートに座ってウトウトしていた。電車を降りるとき、近くでお年寄りが立ちっぱなしでいたことに気付いて「あっ!」と思っても、罪悪感を使用しない。その事について一切自分を裁かない。

明日は早く起きなきゃ行けないのに、なかなか寝付けない」というときでも、その事について自己嫌悪にならない。その事で自分を一切責めない。
私は眠れない」と考えずに「私は今起きている」と考え、その事を発端に罪悪感を活用し始めようとする活動を中止する。

新聞に入っていたチラシを見ながら、

この欲しかったテレビ、まだ買えていないんだよな〜。うちはまだ古いアナログテレビだ。早くしなとアナログ放送が終わっちゃうのに…

と思っても、その事で自分を責めない。チラシを、自分を責める材料として使わない。

しまった!今自分で自分を責めてしまった!」と気付いても、その事について自分を責めない(笑)。

結構大変かもしれません。でも一日限定だから頑張って徹底してくださいよ。

さて、この一日メソッドを終えたとき、あなたはどんなことに気付くでしょうか。

あなたはこれまで、自分自身を一日中責め通しであったことが分かって愕然とするでしょう。

私はこれほどまでに休むことなく、自分自身を責めっぱなしであったのか!

と。
それに気付いても、自分を責めないでくださいよ(笑)。
今まで誰も指摘してくれなかったことなのだから、仕方のないことなのです。

もし、

今日は何があっても一日自分を責めないつもりだったが、結構責めてしまった

という人は、その事で自分を責めないで、期間をもう一日だけ延長しましょう。
要領は分かったはずです。次の日は自分を責めないことをもう少し徹底できるでしょう。

で、まだ徹底できてなかったなと感じたら、もう一日延長するのです。

やってみると分かりますが、このメソッドは一日の期間限定であるにも関わらず、出来れば継続して行いたいと感じるでしょう。
そう感じた方は「毎日メソッド」に名前を変更し、そのまま続けて頂いて結構です。
ですが最初から続けようとか思わないで、まずは一日限定で行うことをお進めします。
あとは、続けるかどうかはあなた次第。

この一日メソッドをやってみると、それを徹底できたかどうかに関わらず大きな気付きが得られます。

自分で自分を裁かない限り、自分は幸せである

という気付きです。
なんとあなたに不幸を経験させていたのは、他ならぬあなた自身であったということです。

そしてこのメソッドは、やればやるほどあなたに幸せを感じさせてくれることが分かります。
やればやるほど、あなたは今まで絶え間なく行っていた活動を逆に停止しなくてはなりません。それは「自分自身を責める」という活動です。

あなたがその活動を意識的に中断しただけで、不足はどこにも存在しないことが分かる。
今までその事に没頭し続けていたあまり、うっかり見落としていた重大に事実にも気付き始めます。

あなたはの周りは愛で満たされていたという事実にです。

あなたが自分を責めることに夢中で積極的に無視していたにも関わらず、それはいつも変わることなく、あなたを常に全力で包み込んでいたのです。
あなたが何をしようがしまいが、そんなことに関係になく、それはずっとそこにあったことに気付く。

これは殊更に大きな気付きです。しかもそれは、あなたにとてつもない利益をもたらすことになる。

まず自分を叱り飛ばすことに躍起であったため、敢えて無視してきた充足に向き直すキッカケとなる。
あなたが敢えて歪ませて認識していた現実を、歪みなく正しく認識できるようになってくる。これによって視点の転倒が解消され始める。

あなたが現実に一切手を加えていないにも関わらずです。

現実は依然現実として見えているかもしれない。にも関わらず、あなたは既に充足のまっただ中にいたことが、理屈でなく肌で感じられるようになってくる。

思考を全く活用していないにも関わらず、あなたはなぜかポジティブになっている。
窮屈だったはずのこの世界で、のびのびと自由に振る舞えるようになってくる。
無気力だったはずの人も、なぜか活力を得て自然に動き出す。
あなたは何もしていないのに、自然に動力を得て動き出す。

なぜなら、あなたが自分で邪魔していただけであって、それが本来のあなたの在り方だからです。デフォルトなのです。

こうなったら、もう罪悪感を活用して自分を責め続けたいという意欲は失われているはず。

そうしたら、その停止した活動を停止したままにしておけばよい。
あなたは素直に、自分を常に包み込んでやまない愛と充足とに屈服しようかという気になってくる。

そしてこの感覚、身に覚えがあるなと思い始める。それはあなたが物心つく前の幼子だったときの感覚です。
あなたが忘れて久しい、世界を曇りない純粋な眼差しで見つめていたときの感覚なのです。

こうして自分を責めることを放棄したあなたは、なんだかまだ不十分だなと思うはず。
このメソッドを色んな意味で拡張したいなと思い始める。

そうしたら拡張したら良い。
自分を責めないことが板についてきたあなたは、周りについてもそうしてみようかと思い始める。
それがどれだけ有用なことか、あなたにはもう始める前から分かっている。
それを始めたあなたには、一体どれだけの愛と充足とが流れ込むだろうか。

…いかがでしょうか。面白うそうでしょう?
では、まずはトライアルで一日、自分を責めないことに限って試してみてください。
その後さらに延長したり範囲を拡張するかどうかは、またそのとき考えましょう。

メソッドを試した方から、クリスマスまでにどんな嬉しい報告があるか楽しみです。
残念ながら私はクリスマスは忙しいので、ここに来る暇はないと思いますが。

えっ?どうしてかって?
だって私はその頃、トナカイの引くソリに乗って世界中の子供達にプレゼントをばらまいている最中ですから(超爆)。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

written by 108

スマートフォン表示にする

http://www.ndesign-studio.com http://www.mangoorange.com